ハワイ体験記(20数年前~思い出のハワイ)

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アロハロード誕生まで…/Vol.44

ハワイ体験記 今私がやっている会社(仕事)に至るまでの事を少し書いてみようと思う。

1995年にアロハロードの基礎となる日本法人を設立した。
人材教育や講演会、コンサルティング、企画、それに付帯するが全般が主業務である。
法人化出来たのは1995年だが、それ以前から個人事業・・・今で言うSOHO的に色々なビジネスに挑戦して来た。結局、取引先が個人だと取引出来ないという、日本独特の保守的な考えがあるところが多く、それであれば法人にして、差別されたくないという私の負けん気も働いた事もあり法人化へ進んでいったのです。今で言う「SOHO起業」だ。

設立した当初は、ビジネス的には良い方向に向かっていて、それまでの人間関係からの紹介や人脈などもあり順調に進んでいた。
今では考えられないほど、おもしろいくらいに順調で、ハワイへも月一ペース出張した。
ハワイの知人の紹介で、メインランドでもかなりの大富豪という会長さんの紹介があり、日本との取引はしない方針だった会長さんのメガネにかない取引ができた。
・・・本当、運が良いのか、設立からずっと突っ走り、次から次へと企画が出てそれを夢中でこなした。

当時はハワイと言うよりも、メインランドとの取引の方が多く、シアトル、ニューヨークなどへの出張も頻繁にあった。バケーションという言葉は、私の頭の中から消え休むことなく仕事をした。ただ世の中の変化という物には叶わない事も当然ある。
日本はバブルが崩壊、不景気が続いたので教育関係はなかなか難しくなった。
企業が人材に対して教育に対する経費を削減するようになり、その部門の仕事がだんだん減少していってしまった。そんな矢先に、あの衝撃的な『9.11テロ事件』が発生した。
あの事件の日、私は本当であればNYで仕事の打合せをしていたはずだだったが、その打合せが変更になり、NYに行っていなかったのだ。不幸中の幸いと言ってよいものか判らないが、難を逃れる事はできたが、テレビのあの衝撃的な映像を見てガタガタと体が震えた。
あの現場にもしかしたら居たかもしれない・・・。

アメリカにいる友人に連絡をしても音信不通?
 ・・・当然、仕事にも支障も出た。あの事件から私の考えが少し変わった。
パートナーとも今後について色々な話をし、真剣に考えた。
海外に行くにも飛行機が飛ばないから、なかなか行けない、自分の中でのジレンマ・葛藤。今までオフィスとしていたところも、家賃を考えると無駄が多い、なるべく余計な経費を掛けずにして行かなくてはならない。
人材も数名のスタッフには別の仕事を紹介して辞めてもらった。
私にとっては、苦渋の決断だった。業務の縮小・方向転換・経費削減・・・
今まで調子よくビジネスをしてきた私にとって、2度目の大きな壁となった。
家のローンも勿論ある、このままでは生きていけないし、責任もある。
パートナーと毎日、毎日真剣に色々と考えた。

以前にハワイの有名なサイキックの方から言われた事を思いだした。
仕事の事だが、『今までの仕事とは180度変わるような事になると言われていた。』
そして、当時の私はPCを持っていなかったのだが、そのサイキックの方に言われたのが『誰かからPCをもらい、それで色々な広告や企画をするようになる』と言われていた。
確かにPCは仕事関係で出逢った方にもらったばかりだった・・・
その方とはPCを受け取ってから、音信不通状態になっていた。
不思議なものであるPCをもらう為だけに出会ったような感じ、一体何なんだろう?
・・・と思う反面、その時は稼がなくてはならないので、その事が先で色々な余計な事を考えている余裕がなかった。

貰ったPCを使い初めてインターネットを体験した。それもダイヤルアップ!?
衝撃的だった!こんなに色々と情報があるんだ!何故もっと早くにインターネットの世界にはいらなかったんだろう。便利だ。etc.etc.・・・さまざまな意見が飛び交った
インターネットで色々と検索して二人で思ったのは、やはりハワイに関係した事をこれからやった方が良いのでは??と言うところに辿りついた。なぜならば、ハワイは私の想いでも沢山あるところだし、原点に戻ってから考えようという事になった。それからパートナーは本でHP作成の勉強を始めた。それには私も感心したし驚く位にパートナーの隠れた才能を発揮してくれて、どんどん自分達のHPが出来てきた。
今だから言えることだが、パートナーは根っからのアナログ人間、且つ反デジタル系だったのだが、この変わりようには、私も驚くと共に大いに関心をもった。人間切羽詰れば何でもできる!!

ホームページの準備が進む中で、新たな構想も生まれてくる。
・・・ハワイの事をやるのだから、お客様に安心してもらうためにもハワイに日本法人の子会社を設立しよう、という事で「ALOHA ROAD, INC.」が誕生した。
何故アロハロードなのか?これも単純な話になるのだが、“ハワイと日本の架け橋”がテーマに決まったので、「ハワイへの道」 「アロハ=スピリット・ハワイの魂」 「ロード=道・正しい道」 という意味合いを考えて候補として上がったのであるが・・・ドメインや商号が使われているだろうと思っていた。
しかし、それがすごい事に、両方とも取得できたのである!
「あ~神様は私達を見捨ててはいなかったー!」と感謝し、そこから一気に士気が上がったのである。

アロハロードの業務内容はほぼ決まっていたが、それだけではまだ物足りない。
そこで急遽ハワイに行き、そこで生まれる発想で何かを創ろうと思った。
既に会社の運営資金は底をついており、自分達の生活費を捻出するにも大変な状況だったが、イチかバチかの賭けである。これで失敗したら終わり。パンク!
最後となるかもしれないハワイは、11月後半から約2ヶ月滞在した。
その間色々な物をみたり色々な方に会ったりと、またもやスピードの人生がスタートした。
パートナーによく言われる。 
 「なんでこんなに忙しい人生になったんだろう?」
 「君と出会ってから、僕の人生は大変化、いやいや大転換だ」
 「まぁまぁ、変化をするのは良い事だと思うし、のんびり行くのも良いけど、スピードがあれば人の何倍も の事もできるから、その分楽しみが増えるしねぇ~♪」

アロハスタジアムのフリーマーケットにも、大きなリュックを背負い、早朝から自分たちの足で色々な商材を物色して回った。以前にも輸入雑貨の経験があった私は、何か輸入でもやろうかなぁ?と言う考えも少しあった。ただ、物販は本音を言えば、もうやりたくなかったのだが、その当時はそんな優雅な事は言ってられない、何が何でも形にするぞ!と言う意気込みだった。
この感覚以前にも味わった事がある・・・20代前半の頃の私だ。
何が何でも自分でビジネスをやろうと思い、同じような事をその時もしていた。
そうやって、二人の思考やアイディアを出し合い、現在のアロハロードが誕生した!
でも、まだまだ満足していないし、やりたい事は沢山ある。
決して完成ではない、まだまだ発展途上。時流も変わっていくので、終わりの無いゴールを目指して進んでいる感もあるが、『そこにハワイのある限り挑む』。
そして、自分たちの目標に向かって速度を緩めることなく前進あるのみなのです。

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